弦楽器が楽器として成り立つためには、弦の張力が自由に調整できること、そして振動する弦が端から端まで均質であることが求められます。それを満たすため、ナットとサドルの双方で弦を下向きに曲げることで支える方法が広く取られています。

楽器を横から見た模式図です。緑で図示した部分をナット・サドルへの弦の進入角度と呼ぶことにします。
この角度は振動する弦を支えるために必要なものです。ただし弦には剛性があるため、曲がることができる度合いには限界があります。

進入角度が大きくなると、ナット・サドル付近で弦は大きな撓みを抱えた状態になります。これは剛性の高い低音弦ほど顕著です。
(ここでの話はベースを想定しています。ギターにも応用できなくはないですが圧倒的に弦が細くて剛性が低いので話が違います。3弦プレーン弦の剛性の高さの方がギターの場合は大きな問題かも?)
この撓みが生じていると、まずナット・サドルで設定している以上に弦高が上がります。ただしこれはナット・サドルの高さが調整できるなら大きな問題とは言えません。
より大きな問題となるのは、撓んでいる部分では弦が振動しづらくなることです。ミュート用のスポンジを当てているような状態だと言っていいでしょう。サスティンが短くなり、倍音が抑えられます。また弦が振動し始めるポイントが内側にズレることになります。
このズレは、ブリッジ側ではオクターブ調整によって補正できます。と言うよりむしろ、オクターブ調整の目的の大部分は、この撓みによる振動開始ポイントのズレを補正することだと言って良いです。実際、サドルへの進入角度を抑えるようにブリッジを取り付けるとオクターブ調整を合わせた各弦のサドルはほぼ横並びに近くなります。
多くのブリッジではボールエンドの位置は固定されており、サドルだけを動かすことでオクターブ調整をする機構となっています。サドルを後ろに下げる(ボールエンドに近づける)と弦の進入角度は一層大きくなり、弦の撓みが更に大きくなります。ボディへのブリッジの取付位置が不適切な楽器では、低音弦のサドルをいくら下げてもオクターブが合わない、という問題が起きます。
ともあれ、ブリッジはオクターブ調整機構がついているのでまだマシです。厄介なのはナット側です。基本的にナットの位置は調整できるようになっていません。ナットへの弦の進入角度が過剰な場合でも、やはり撓みによる振動開始ポイントのズレは生じます。それでも開放弦のチューニングは合わせることができますが、振動開始ポイントに対して全てのフレットが近づくことになります。その結果、押弦したときのピッチが低くなります。12フレット付近はブリッジのオクターブ調整で何となく合わせることが可能なものの、ローポジションはどうしようもありません。
具体例として、フェンダータイプの片連ペグで最低音弦をペグポストの一番下まで巻くとたいてい進入角度は過剰になります。その結果E弦やB弦のローフレットがフラットすることになります。(ただし、ナットの高さが高すぎる場合は押弦による張力上昇が大きいので、フラットする症状と打ち消しあって何となく合ってしまうようですが。)
そして何より厄介なのは、弦の撓み具合は徐々に曲げ癖がついていくことによって変化していくことだと言えるでしょう。進入角度が大きいほど、新しい弦を張った直後と馴染んだ後との状態の変化幅が大きいことになります。張り替えた直後の撓みを抱えた状態に対して弦高やオクターブ調整を合わせても、徐々に曲げ癖がついていくことで意図したセッティングから外れていってしまいます。コンスタントに弦を交換して運用していくことを考えると、不安定な要素が増えるのは好ましいことではないはずです。まあ、新しい弦を張った直後に積極的に曲げ癖をつけてやるといった運用もアリですが。
以上から、個人的にはナットへの進入角度が過剰になることは避けるべきだと考えます。4弦のフェンダータイプで言うなら、3弦を下まで巻き切った位置を目安に4弦の巻き終わりの位置を決めてやるのが妥当です。1,2弦は細くてしなやかなので進入角度の影響は相対的に小さいですが、高さのあるリテーナーを付けてあげるのが良いでしょう。
特にフレットレスの場合、撓みによって生じた意図しない弦高の上ずりを補正できないため、進入角度を小さくして撓みを抑えることが有効と言えます。

私物楽器ではE弦のペグナットを底上げするスペーサーを入れてポスト下限を高くしています。進入角度を抑えることはエクステンダーキーをスムーズに動作させるうえでも有利です。
ブリッジは好み次第です。すでに述べたようにオクターブ調整機構があるので、調整できる範囲に収まるなら何でも良いです。進入角度が大きいとサスティンが短くなって倍音が抑えられる、ミュート用のスポンジを挟んだような状態になる、と述べましたが、それは必ずしも悪いことではありません。実際そのようなスポンジが小道具として普及していることからも、それがベースにとって好ましい場合が大いにあるわけです。
進入角度はある程度自由に調整できます。ナット側では弦をペグにどこまで巻きつけるか、またはリテーナーの有無もしくは高さで調整できる場合があります。一方ブリッジ側ではテールピースを上げ下げするような機構は一般的ではなく、想定しやすいのは表通しか裏通しかくらいでしょうか。いずれの場合でも不可逆な加工を伴わないのであれば気軽に自力で試すことができます。この記事での話は無視したうえで実際に試してみて、違いを感じたなら自分自身にとって好ましいものを選べば良いだけです。ただし、その違いが本当に進入角度の違いによってもたらされたものであるかは注意を払う必要があります。たとえば進入角度を大きくした方が好印象だった場合、それは撓みによる弦高の上ずりによって得られたものかもしれません。もしそうなら、本来調整すべきなのは進入角度ではなくナットもしくはサドルの高さということになります。

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